2011年8月1日月曜日

国立天文台によるVLBA運用経費の共同分担に関する意見書について

#######8月22日改訂##########


国立天文台によるVLBA運用経費支援の要望に関して

2011年8月22日
今井 裕 (鹿児島大学)

要旨
NRAOから国立天文台に求められているVLBA運用経費の一部($200K/年)の拠出を要
望する。VLBA及びそれと連結して運用されるVLBI観測網(HSA、Global VLBI)は、その高
い角度分解能、感度、機動性、多彩な観測波長バンドや機能を持ち合わせ、日本国内で稼
働中のVERAやJVNを使うだけはなし得ない様々なVLBI観測を実現する。それは、国内研
究者が現在取り組んでいる研究課題をさらに深く追求させるように仕向けるのに留まらず、
そういう研究課題に束縛されずに様々な分野へとVLBI天文学を広く応用させることを可
能にする貴重な機会である。また同時に、ALMAやVLBAを凌駕した次世代の高角度分解能
VLBI計画の立案に欠かせない様々な科学的・技術的・実務的(運用など)経験と国際連携
体制の構築につながるものでもある。国内研究者が持っているVLBAに対する潜在的な要望
観測時間は年間200時間以上に達しており、運用支援を求められている金額は妥当なもの
である。そもそも、従来から採られてきた”open sky policy”の方針に基づくVLBA運用
が続くことにより、過去・現在・そして近い将来に渡って日本人による自由な発想に基づ
くレベルの高い研究成果が生み出され、その経験がVERAやJVNの推進、将来計画の立案に
還元されるだろう。VSOPの時代から、世界の主要な電波望遠鏡群を共同運用して全地球的
なVLBI観測網を実現し、よりレベルの高いVLBI天文学を実現する方向へと気運が高まっ
ており、海外研究機関では具体的な意思表明もなされている。この流れに日本のコミュニ
ティーが乗れなければ、我々は色々な場面で国際研究者コミュニティーから孤立すること
になり、将来の日本主導の天文装置計画の協力者らを失うことになる。国内ユーザーと国
立天文台が協力して予算獲得のためのあらゆる努力を続け、現行プロジェクトの推進から
新規事業へのスムーズな発展的移行が10年スケールで実現することを希望する。

1. 背景
NSFによるSenior Review (2007年)により、2011年以降はVLBA運用経費($6M)の
半分をNSF以外の財源から捻出するか、あるいはVLBAを閉鎖することが勧告されている。
VLBAではより魅力的な装置にするための投資を続けて、世界の天文学者の興味を持続させ
る努力をしてきた。また、幾つかのLarge Projectsを定義して推進し、VLBAの科学的価
値を高める努力もしてきた。その結果、幾つかの研究機関が必要な運用経費を少しずつ捻
出することが表明されている。しかしそれでも必要金額に達しておらず、NASAなどVLBA
利用を期待されている大口研究機関との交渉は現在も交渉中である。その中で、2011年1
月にNRAOで行われたVLBAワークショップではVLBAの存在意義が再確認され、国立天文台
を含む世界の主要電波観測研究機関に具体的な金額の提示を含めた支援要請がNRAOから
なされた。
国内では、VLBAに対する需要を認識するためにVLBI懇談会の元にワーキンググルー
プが結成され、また国立天文台ワークショップも行われた(2008年)。その中で、VLBAを必
要としながらもVERAやJVNで独自路線を進む、VLBAの代わりにSKA(の長基線版)へ投資す
れば良いという意見もあり、具体的な支援の話がまとまらなかった。一方で、まずユーザ
ー層が予算獲得のための努力をすべしという指摘を受けて、大型科研費への申請も行った。
また、NRAO Users Committeeに参加して米国や海外の動向の把握などに努めてきた。
それから3年経過したが、全科学分野から厳選される大型科研費によるVLBA支援は
非現実的なものであることを思い知らされた一方、SKA(のcore stationとの結合)によ
るVLBIサイエンスを検討する過程で、世界中に分散している電波天文用望遠鏡を一括運用
してもっと魅力的なサイエンスを実行しようという気運が高まってきている。その運用モ
デルは、VLBAとそれと連携するVLBIアレイ、(1)HSA、(2) Global VLBI(VLBA+EVN)、(3)GMVA
が基礎であると考えられる。このように、VLBAは現存する最高性能のアレイというだけで
なく、将来に向けた様々な試行の可能性を提供するものとして再認識されるようになった。
VSOP-2が中止になってしまった(7/6新聞等で報道)現在、天文学上最高角分解能を
依然実現している現存VLBIによる世界規模での地道な持続的研究の必要性と性能の継続
的改善が必要だと思われる。VLBAを含め、世界に公開された地上望遠鏡群の感度向上など
の機能充実は、VLBAに代わる次世代VLBI観測網構築完了まで欠かせないものである。

2. 国立天文台によるVLBA運用経費支援の必要性
国立天文台は、VLBIに限らず日本の電波天文学を牽引してきた研究機関であり、
VSOP/VSOP-2を推進して来た主要機関の1つでもある。今年チリで初期運用を迎えるALMA
は、国立天文台も含む世界の主要研究機関が協力して1カ所にミリ波望遠鏡群を建設する
形となった。地理的に1カ所でなくとも、アレイを構成する電波望遠鏡群を共同運用する
というモデルが、例えばSKAのremote stations(全集光力の50%を要する”core”から
180km以上離れた所に設置される電波望遠鏡群)のように、今後実際に必要とされてくる。
今回はVLBAの支援という、1研究機関の望遠鏡運用を支援する形ではあるが、LBAを運用
するCSIROや、EVNを運用する研究機関もVLBAへの資金的・技術的支援を表明している。
これは、今後上記のようなモデル(「新」Global VLBI)を実現させるのに際して、VLBAが
その主要な役割を果たすことが期待されているからである。地球半径を超えた基線を使う
VLBI観測を実現しようにも、世界からの協力が得られずに日本単独で開発を進めるならば、
VSOP-2を凌駕する多額な予算を投入して複数の宇宙望遠鏡を打ち上げる必要がある。仮に
それができたとしても、感度の面で実現できるサイエンスは極めて限られたものになる。
そのようなミッションにどれだけの研究者がついて来るのだろうか?
「新」Global VLBIの必要性は、単純に感度や角分解能の向上のためだけに存在する
のではない。突発/変動天体の24時間観測、space VLBIミッション、様々な観測手法に
対する要望にいわゆる「サブアレイ」を編成して柔軟に対応するためでもある。VERAも含
めて、それぞれのVLBIアレイには個性がある一方、1つの現象を理解するにも複数VLBI
アレイを用いた様々な観測手法によるアプローチが求められる。これは、波長帯に関わら
ず、現在の観測的天文学の常套手段となっている。
ここ最近は、国内研究者のVLBAを利用する頻度が落ちていることが指摘されている。
これは、VLBAが不要と言うことではなくむしろ研究手法が依然未熟であることの現れであ
る。VERAやJVNから得られた経験を踏まえて望遠鏡運用や科学的分析の手法が完熟すれば、
研究上必要でもそれらの観測装置ではなし得ないものがあって、その一部はVLBAで実現で
きる事を悟る事になる。そもそもVERAやJVNを構築するにあたってVLBA観測で培った経
験が活かされてきたことを忘れてはならない。「巨大ブラックホール」、「マイクロジェット」、
「宇宙の噴水」、「ヘリカルジェット」、「二重ブラックホール」など、VLBA観測を通して日
本の研究者が開拓してきた研究テーマは、発見当時に最重要として取り組まれてきた研究
プロジェクトとは独立に個々の研究者の自由な発想と研究活動に基づいて生まれてきたも
のである。このような機会は、多彩な機能を持ち、それが”open sky policy”という精神
に元でVLBAが運用されてきた賜物である。
ALMAの時代に入り電波天文学分野の爆発的発展の予感がする現状において、考え得るあ
らゆる研究手法を駆使してALMAに乗り込まなければ国際競争に負けてしまうことが懸念
される。手元の望遠鏡で成果を挙げてそれを背景にALMAに乗り込む事が望ましいが、例え
ばそのようなアプローチの経路としてVERAだけを想定するならば、ALMAの観測対象との
共通点が限られてしまうことが懸念される。NROの研究者が45m鏡、NMA、ASTEに限定せず
CARMAやSMAなどを使ってALMAに備えてきたのと同様に、VLBIコミュニティーにおいても
ALMAやSKAなどの新時代に向けて、世界の主要望遠鏡を駆使して視野と経験を広げること
が必須である。最近再び、国内の若手研究者がVLBAを使って大きな成果を得ている。
上記のような世界規模の話になってきた場合、コミュニティーの個々の研究者による
自助努力でこれらを支えようにも、もはやどうしようもない。本来我々は、手元の望遠鏡
を使って研究の基盤となるアイデアを試して育み、実現可能性を見極めた上で本格的な観
測に取り組むことを行ってきた。科研費などの研究費は主に前者のための初期投資として
使われてきたもので、金額は大きく異なっても大型科研費申請の場合も同じである。我々
はVERAやJVNなど研究の基礎となる観測装置への投資に努力を払うべきであるが、それと
同時に、上記のような世界的な動きに対応して本格的な研究を推進したいのである。
国立天文台には、上述の後者に通じる道筋を確保することを要望するものである。VERA
やJVNについては、その運用に関して資金的に厳しい状況ではあるが、水沢VLBI観測所の
予算と大学連携VLBI事業という運用予算枠が既にある。新規開発については、推進母体の
大学やコミュニティーが科研費申請に限定せず様々な努力をして予算を獲得していくしか
ない。そういうことをもってしても、VLBAを継続して使用する道が閉ざされようとしてい
るので、国立天文台にその部分のケアを求めるものである。


3. 国立天文台によるVLBA運用経費支援規模の妥当性
VLBA運用経費支援を国立天文台が行う妥当性は、以下の複数の点からまとめられる。
3.1. 世界レベルで活躍/交渉の舞台に立てる研究者の養成
例えVERAをはじめとして国立天文台の観測装置を使って研究をして科学的成果を挙
げても、VLBAなどの装置も使って国際的な共同作業の機会を得なければ、このような研究
者は育たない。今まで行われてきた日本人研究者によるVLBI分野における国際共同研究は、
VSOPにおける国際共同観測、その後の若手研究者による継続的な国際共同研究の賜物であ
る。現在国立天文台が共同推進しているEAVNの構築においても、それを主体的に担う研究
者(日本、韓国、中国、台湾)のルーツの一部もまたVLBAに根ざしており、EAVNに関わ
ろうとしている他の国の研究者もまたVLBAを使って経験を上げてきている。VLBAでの経
験がEAVNに関する議論の根底にも根付いているし、VLBAを使った新たな共同研究も企画
されている。最悪でもEAVNが構築されて定常運用に入るまでは、VLBAを使った科学的経
験の積み上げは欠かせない。EAVNにおいて国立天文台と日本のコミュニティーが重要な役
割を果たす為には、異文化から合流する研究者集団をまとめていくためのリーダーシップ、
そのための国際的な経験が不可欠である。それはVLBAに基づいた様々な国際的な経験によ
ってもたらされる。VERAや大学連携VLBIの科学研究課題の基本的概念もまた、VLBAや諸
外国のVLBIアレイを使って得られた成果に一部基づいていることを忘れてはいけない。

3.2. VLBI天文学の学術的開発力、競争力の持続
VLBIは輝度温度の高い天体しか観測できないために、VLBI天文学もまた狭い分野だ
と思われてきた。しかし最近は、このような認識を大きく改めなければならない状況にな
っている。VLBA単独、あるいはGBT 100m鏡、Effelsberg 100m鏡、VLA(来年以降はEVLA)、
アレシボ300m鏡と組み合わせたHigh Sensitivity Array (HSA)を使って得られた重要な
研究(観測進行中のものも含む)の具体例を挙げると、以下のものがある。

◎ 全天ガンマ線監視衛星Fermiとの共同観測による活動銀河中心核(AGN)における
ジェット形成過程の追跡(その後は全天X線監視装置MAXIとの共同観測もあり得る)
メガメーザーや超新星残骸を使った宇宙論的距離(D>30Mpc)にある銀河の幾何学
的手法による距離計測とハッブル定数H0、密度パラメータΩ0の計測
近傍銀河、特にM33とM31の固有運動計測(~100μas/year)
太陽系から銀河系中心までの距離R0の直接計測、銀河系の基本的尺度の決定
恒星進化途上劇的変化を遂げる瞬間(星形成、質量放出)に見られる水メーザー
源の振る舞い(大質量誕生星(MYSO)のバブル、宇宙の噴水など)
銀河系内にある「距離梯子の初段」や高密度天体物理学に関わる重要天体(プレ
アデス星団、Cygnus X-1、など)の距離計測
幅広い天体(AGN、MYSO、AGB/post-AGB星など)の磁場計測(直線偏波、rotation
measure、メーザー輝線ゼーマン効果等の計測)と、それによる偏波天体本体及び手前の星
間物質(電離ガス)の空間分布と微細構造の解明
パルサーやYSOに付随する非熱電波源の年周視差計測や連星系軌道パラメータの
決定
YSO非熱電波源の高精度アストロメトリに基づいた褐色矮星の検出、惑星探査
直近の巨大ブラックホールSgr A*におけるミリ波放射の時間的構造変化の兆候の
検出
宇宙飛翔体(惑星探査機)の高精度軌道計測

以上の例から分かる様に、VLBAで行われる研究は天文学の幅広い分野に関連している。
これだけ広い応用がVLBAを使って実践されているのは、VLBAが300MHz-86GHzにわたって
多くの受信機を備え、高い運用効率(~5000時間/年)で観測を進めているからである。こ
のような状況から日本人研究者に対しても、現在温めているが実施に至っていない独自の
アイデアや将来に向けた新しいアイデアを実現する機会があることは、充分に期待される。
また、VERAやJVNが現在深く関わっている分野、特に銀河系メーザー源アストロメト
リや恒星進化、AGNジェット発生過程の研究においても、VLBAの存在は欠かせない。例え
前者がその存在目的を予定通り果たせたとしても、銀河系の構造や個々の観測対象に関す
る性質や進化に対する理解、さらに関連研究分野への学術的寄与については、結果的には
不完全で終わったとみなされるかもしれない。例えば、当初想定されていたものよりも複
雑な銀河系力学的構造や存在することが明らかになってきて、より詳細な理論モデルの構
築が可能になってきた時勢に、観測対象天体数が当初の予定されたものからあまり増やせ
ないことは充分予想される。さらに、感度や観測効率などの制限から、観測したくてもVERA
ではできない天体が多数ある。VLBAなどから得られた結果も含めてでも、そのような新理
論モデルと比較できるような必要サンプル数を確保することが、VERAの特長だけを追求す
ることよりも大切だと思われる。
1天体の研究について要するVLBA観測時間は、典型的には3-30時間(モニター観測
を含む)程度である。それに対し、NRAOから要望されている運用経費分担額$200k/年は200
時間/年に換算される。日本人研究者からの観測時間要求(外国の複数研究機関との共同
提案やVSOP観測分も含む)は、VSOPやJ-Net(VERA/JVNの前進)の運用時に1000時間/
年に達した後はVERA建設時に一旦低下したが(最近は30時間程度だがこれは積分時間だ
けの統計であり実際は50時間程度と推定される)、最近大学院生の増加や新たな研究提案、
国際共同観測の立案によって少なくとも100-200時間/年にまで上昇すると想定される。
このように、VLBA運用経費分担は単純にVLBAを支援するに留まらず、VERAやJVNを推進
している国内研究者とその海外共同研究者の研究(10テーマ程度)を維持・発展に直接寄
与するものである。
さらに、VLBAが最も低い研究コストで観測機会を提供していることにも留意すべきで
ある(100円/米ドルだとしても)。VERAやJVNの運用コストと観測時間はそれぞれ5億円
/5000時間、6000万円/300時間程度である。VERAについては観測時間に対する運用経費
はVLBAと同じ程度であるが、運用望遠鏡の台数(それぞれ10台及び4台)と観測所要時
間(VERAについては5-70時間)を忘れてはならない。現在進めている定常的な研究に対
しては運用効率を重んじて効率良く進めて科学的成果を継続的に創出し、新規研究を創り
出す余地を作り出す必要がある。

4. VLBA閉鎖に伴う様々な問題点
以上のようにVLBAの必要性と運用支援の妥当性を述べてきたが、これらを踏まえて、
もしVLBAが2011年をもって閉鎖された場合に想定される事を以下に列記する。

全世界のVLBI観測時間(約10,000時間/年)の約40%を失う。特にVERAとVLBA
では特定少数のユーザーが推進するプロジェクト観測が約60%を占めており、その他の時
間(約4000時間/年)については実に半分の観測時間を失う。
HSAやGlobal VLBIなど、最高感度/最高角分解能を実現する望遠鏡群を失う。
これらの装置でのみ研究可能な分野が、次世代大型電波観測装置(SKA-VLBIやALMA-VLBI)
が実現するまでの空白(10年スケール)が現れる。VLBI研究分野に魅力を失った若手研
究者が手を引く様になれば、VLBI天文学全体にとって大きな損失となる。ただし、このよ
うな研究者が別の天文研究分野に乗り移るとは限らないし、VLBA運用予算が他の天文事業
に回されるとは限らないことに留意すべきである。
KVNやEAVN、EVNの新規大型望遠鏡(スペイン/イタリア)が立ち上がれば上記
の状況が緩和されると期待される。しかし、周波数バンドや同時に動員できる望遠鏡数、
角分解能、運用時間に大きな制限があるので、新規VLBIユーザーが微増しても、旧来から
の経験豊富なVLBAユーザーからのニーズを吸収しきれない。結局多くのVLBIユーザーを
失う事は止められない。
同一天体24時間モニター観測、多波長バンド観測など、現在高エネルギー天文学
等で必要とされる観測モードを実現する機会を失う。応用の多様性が失われれば研究者層
が薄くなり、そういう分野は注目されなくなる。
提唱されている全地球的VLBI観測網(「新」global VLBI)の実現とその運用の機
会を失う。このような国際観測を実現し、共同運用/共同開発の経験を通した次世代大型
プロジェクトの運用モデルを構築していく必要が叫ばれており、そういう機会が巡ってき
ている。VLBAを失えば、その機会はもう二度と来ない。
● VSOPで培ってきた国際VLBI連携も続かなくなり、次世代スペースVLBIミッショ
ンの実現を大きく後退させる。
●機器開発のための部分的共同観測は従来から行われてきたが、そのアイデアが全
地球規模での科学的運用に結びつかなければ、開発項目の科学的な波及効果は得られず、
技術開発に掛かったコストを取り返すことができない。
ALMAにおける国際的な競争力の一部が損なわれる。VLBIの高い角分解能を活かし
た研究成果をベースとしたALMA観測提案の流れが損なわれる。
若手研究者の海外進出の機会が損なわれる。海外でVLBI天文学推進のためのポス
ドク採用の機会が減る可能性が高い。VLBAや採用先で使用する観測装置を含めどんな観測
装置を使っても成果を挙げられる優秀な人材だけが求められるが、事前にそれを実践する
機会がなくなるので、そういう人材も育たない。

簡単にまとめと、日本でVLBI天文学が開花してから研究レベルは大いに進展して
いるものの、各自VLBIアレイを直接運用している少数の研究者を除いて、多くの研究者に
とってVLBI天文学へアクセスできる機会はVLBAが運用を始めた20年前の状況に逆戻りす
ることになる。国内も含めて世界全体のVLBIユーザーが減れば、サブミリ波VLBIや
SKA-VLBIが開花する前にVLBI天文学が他分野から取り残されて衰退することになる。人
類史上最も高い角分解能を実現する手法による天文学が相対的に後退することになる。

5. まとめ
日本の電波天文学の一翼を担って来たVLBI天文学のコミュニティーは、ここ20年間で
徐々に研究者層を増してきた。しかし最近になって、天文学の諸分野の爆発的な発展とは
対照的にVSOP-2ミッションの中止やVLBA閉鎖問題を抱えて、相対的な存在感が再び薄れ
ようとしている。観測装置/プロジェクトの大型化は、より宇宙を深く理解するために必
然的に発生するが、特定テーマだけを集中的に行おうとすればそのテーマに深く興味を持
ち奉仕する研究者以外からの支援と実質的な連携を得られなくなり、結果的にそのテーマ
とその周辺の研究分野が失速する。そういう状況を、我々は今垣間見ているのではないだ
ろうか。運用経費が削減されてもVLBAが生き残ることも考えられるが、VLBAが特定のプ
ロジェクトを推進する研究者グループのみに使われて、あるいは多額の研究資金が取れる
研究者だけに使われるだろう。他のVLBI観測網の運用もまたブロック化を進めることにな
ったら、今までは可能であった小振りでも斬新なアイデアに基づく研究の開花が望めなく
なり、さらに、それらのVLBI装置を結合して初めてなし得る重要な天文学的課題に挑戦で
きない状況に陥るだろう。非常に高い汎用性を持ったVLBAの維持は、VLBI天文学の裾野
を広げるために必要なものである。
また一方で、大型観測装置の開発/運用コストの低減を推し進めなければ、次世代の観
測装置の実現は遠のくばかりである。最も効率良く運用されているVLBAを手本に、我々は
さらに効率良い観測装置の設計/運用、科学的成果の創出を目指さなければならない。我々
はVLBI天文学ユーザー層の厚と研究効率において頭打ちに直面している。VERAやJVNな
どの手元の装置を使った新規装置開発や新しい研究テーマの創出のための試行錯誤は重要
だが、より高い効率を持つ運用モデルの構築を目指すならばVLBAを大いに利用すべきであ
る。すぐに実現可能な研究テーマがあるならば、VLBAを使って速やかに実践すべきなので
ある。しかし、日本の学術体制、特に科学研究費の用途は後者のように外国装置を利用し
て研究を進めるのにはなじまないのが現状である。我々は、その部分のフォローを国立天
文台に求めるものである。


略称解説(アルファベット順)
CSIRO(Commonwealth Science and Industrial Research Organization): オーストラリ
アの科学技術開発推進のための政府機関。
EAVN (East Asian VLBI Network): VERAやJVN、KVN、中国の電波望遠鏡を含めた新VLBI
観測網構想。
EVN(European VLBI Network): 欧州及び中国、ロシア、南アフリカ、アメリカの電波望
遠鏡群20局以上からなる世界最大のVLBI観測網。年3回の10日程度、毎月24時間
程度のVLBI観測を行っている。
GMVA(Global Millimeter VLBI Array): VLBA+ミリ波望遠鏡群から成るVLBI観測網。波長
1.3mm̶3.0mm帯でVLBI観測が行われているが、期間が限られている(5月頃)。
HSA (High Sensitivity Array): VLBAに加えGreen Bank 100m鏡(米国)、Expanded Very
Large Array (EVLA、米国)、アレシボ300m鏡(米国)、Effelsberg 100m鏡(ドイツ)
を組み合わせたVLBI観測網。
JVN (Japanese VLBI Network): VERA と国内大学が運用する電波望遠鏡群から構成され
るVLBI観測網。共同利用観測は行われていない。
KVN (Korean VLBI Network): 韓国内の口径21m電波望遠鏡3局から成るVLBI観測網。
センチ波からミリ波までの4波長バンドの観測を同時に行えるという特長を持つ。
LBA(Long Baseline Array): オーストラリア・ニュージーランド・南アフリカの電波望
遠鏡群からなる南半球唯一のVLBI観測網。
NSF (National Science Foundation): 米国科学財団。NRAO 観測装置群の運用経費を拠
出している政府機関。科学研究事業の審査/採択を行うための研究者集団を形成する。
NRAO (National Radio Astronomy Observatory): 米国国立電波天文台
open sky policy: 観測時間獲得に使用料を課さずに、科学的意義が認められた観測に対
して観測時間を公開する方針。一部の試験観測を除き、NRAOの研究者も公平に観測プ
ロポーザルの審査を受けて観測が実施される。
SKA(Square Kilometer Array): 低周波バンドにおける巨大電波干渉計建設計画。2018年
頃建設開始、2022年頃初期運用開始が予定されている。
VERA (VLBI Exploration of Radio Astrometry): 天文広域精測望遠鏡。口径20m電波望
遠鏡4局から成る。銀河系メーザー源の年周視差計測に特化されて研究が進んでいる。
VLBA (Very Long Baseline Array): NRAOが運用する10台の口径25m電波望遠鏡群。
バージン諸島からハワイ諸島に望遠鏡が分散され、天文学上最高レベルの角分解能を
実現する。観測時間は全世界の研究者に公開されているが、現在その半分は厳選され
たプロジェクト(Large Project)観測推進に使われている。